こんにちは、設計の玉中です。
前回ご紹介した『家原遺跡』の続きで
今回は中世編その1、鎌倉時代の建物です。
前回記事「古代編」はコチラ
まずは中世の建物その1です。
4間×3間のサイズで、現代でも少し小さめな住宅としてはあり得るサイズの本建ちに
中門廊と呼ばれる半外空間の出入口が付いています。
大屋根は茅葺きですが、中門廊などの下屋は板葺きとなっています。
平安時代に京の都で流行りとなった寝殿造りに憧れた地方の豪族が
平安末期~鎌倉時代にかけて建てられていたと考えられているそうです。
地元の有力者の家として、同時期と考えられる中で最も大切な建物のようです。
板戸で閉め切られているので中の様子はわかりませんが、
山弘の特徴の1つ、居間の大開口窓に繋がっていく雰囲気を感じます。
壁や開口部(窓)があることで、古代の竪穴住居と比べてかなり住宅らしくなりました。
中門廊の床は無垢板材に「なぐり」と呼ばれる伝統的な堀り加工が施されています。
靴下で上がってみると、そのままの床板よりも柔らかい脚触りになっていました。
光の反射も平面とは異なり、より柔らかな影を作ると言われています。
非常に手間がかかるため現在でも贅沢品という扱いになっていますが、
地方有力者の家ということで採用されていたのでしょう。
続いてその2です。
その1に比べると少し質素な感じです。
屋根は板葺きで押さえ縁が取り付けられています。
昔は角材ではなく細い丸太をそのまま括り付けていたようです。
先日金曜ロードショーで放送された『もののけ姫』の作中では
主人公・アシタカが力づくで屋根から引っぺがして投げつけるシーンがありました。
への字型などの大屋根を掛けて、棟に近い高さのある部分だけを2階として使う半平家。
という考え方のプランは姫路市の【焼杉の大屋根】や神戸市の【田園工房】など、
最近の山弘の実例でも時々採用されている考え方ですね。
家の裏側には濡れ縁があり、その1と同様に板戸の大開口が設けられています。
大開口以外にも竹小舞の小窓が設けられ、風通しも良さそうです。
妻壁も普通の土壁ではなく小舞状になっていて、風が抜けるように造られています。
現在はエアコンを使うことが前提となっているので断熱・気密が重要ですが、
昔は夏の暑さ対策が第一だったと言われていますので、
家の中でも窓から窓へ風が通り抜けたり、
縦の空間を利用して屋根の棟付近から熱を逃がすようにしていたのでしょう。
その3は倉庫兼作業場として使われていたであろう建物です。
5間×6間と他2棟に比べて大きな建物ですが、入口から入った正面は
地面を少し掘り下げた土間となっています。
この土間で色々な作業をして、両側が倉庫として使われていたと考えられています。
小舞の窓から覗いてみると、かつてと同じように倉庫になっているようでした。
長くなってしまうので今回はここまで。
次回は中世の建物その2、後編は江戸時代の建物です。
家原遺跡公園の情報は下記リンクよりどうぞ。
家原遺跡公園/宍粟市 (shiso.lg.jp)
実施積算課 玉中健太
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