“庭先渡し”という言葉ですが、最近はあまり聞きません。昔はよく言ったそうですが、これは商品を生産者の作業場で手渡すことなんだそうです。例えば『店で買えば100円する商品、そちらのおたくに取りに行って、運送代が浮く庭先渡しだったらいくらになるの?』というふうに使うのだとか。
さて、この庭というのは、もともと屋敷の中の作業をする場所。つまり土間のことだそうです。
昔の家、そこそこの位のある武家屋敷でもない限り、町屋や民家には必ず土間がありました。その大きさ、家にもよりますが、一般的には民家全体の約半分くらい。
その用途はワラジを編んだり、脱穀をしたり、農作業の用具を手入れしたりと、様々な作業場です。
そして、おクドさんや水瓶、流しなどがありますので、それらを使っての料理の場でもありました。さらにこの土間には大概の場合、田畑を耕したり物流用の馬や牛が同居しておりました。
さらにご近所さんとのコミュニティーの場でもあったようです。農業用機械などがまだなく、共同の農作業が当たり前だったため、村のみんなで頻繁に集まっては、農作業や祭りのことなど、土間ならばワラジを脱がずに打ち合わせができました。
家の半分が土間です。床が上がっているのは囲炉裏のある広間とその南にあるオモテの間、そして納戸くらい。家族それぞれの部屋などは当然ありません。寝るのはオモテの間で川の字に布団を並べます。今のようなプライバシーなどはなく、まさに家族が一緒に寝起きをする場所でした。
私の持論なんですが、私の両親の世代、つまり、土間がある家に生まれ育った世代(昭和20年代生まれ)以前の日本人に比べ、土間がなく狭いキッチンが当たり前にある家に生まれ育った私たち世代(昭和40年代生まれ)以降の日本人は、料理が下手になっているのでは?と思うのです。もちろん個人差はありますが。
昔は土間のおクドさんで、薪に火をつけてお米を炊くのは子供の仕事でした。それも早ければ3歳くらいから戦力です。小枝の焚き付けを拾ってきて、小さな火種をこしらえて、かたい広葉樹の薪を焚べ、火力を調節しながら、“はじめちょろちょろ中ぱっぱ”とご飯を炊きます。今日は少しおこげが多いなとか、今日は上手に炊けたとか。自然の原理を体を使って学んでいました。現代では炊飯ジャーでスイッチポンですよね。工夫もなにもあったもんじゃありません。
私など、物心がついた頃には、身長よりも高いキッチンなるもののある狭い台所で、母親がどのように料理をしているか分からずに、出てきたご飯を食べるだけで育ちました。そりゃ、3歳くらいから毎日、何時間も親たちと料理作りをやってきた世代に、私たちの世代が、料理の能力で勝てるわけがありませんよね。こう考えると、学校の先生がよく言っていましたが、『昔の人は偉かった!』という言葉、妙に納得です。
昔、英国首相だったチャーチルが、『人間が建物を作るが、建物は人間を作る』という言葉を発したそうです。確かにその通りで、建物、特に住宅は、人間の考え方や生活習慣、また、料理などの生きる能力にまで強影響を与えるのです。
確かに現代においてはプライバシーも大切かもしれません。システムキッチンがある小さな台所もいいでしょう。でも、住宅の中に、コミュニティーや、生きる能力を育む庭(土間)があっても楽しいのではないでしょうか。長い間、日本人はそうして暮らしてきたのですから。