設計の築山です。これからしばらく建築家吉村順三のことばを紹介したいとおもいます。今日はその17回目
吉村は少年の時から住宅に興味をいだき、日本の自然と風土に培われてきた独特の伝統建築に魅力を覚え、人の生活と幸せ、ヒューマンなものを建築に具体化することを一貫して実施してきた。地域に貢献する、品のある美しい建築を求めて作りつづけて20世紀を生きた建築家である。
吉村は、生前、これからの建築家のあり方を問われたとき、「簡素でありながら美しいもの、自分達の住んでいる日本の、長年にわたる風土と文化によって培われてきたさまざまな建築から学び、日本の気持ちから出たものをつくるべきでしょう」と語った。
そうした建築家吉村順三のことばを、存命中に活字となった新聞、雑誌、書籍等から選び、吉村が語った「建築は詩である」ということばを借りて、語録集『建築は詩』を刊行する(本文中「はじめに」より)
素直さ
建築には資源も浪費しないで、できるだけ手間をかけないで、いい結果を得るという原則があると思います。それが、明治から西洋館が入ってきてね、いろんな飾りやなんかの外形的なものばかり真似ることが建築のデザインだと思うようになってきた。その後日本の生活が豊かになってきてね、むしろ贅沢さみたいなものを楽しむようになっている傾向があるんじゃないか。しかし日本の大きな歴史からいえば今は特殊時代ではないでしょうか。元来は、やっぱり昔からの、日本のもっている素直さというか、正直さというか、今いった合理性というのか、それが本当で、またいつかは、そういう時代に戻ってくるんじゃないかという気がするんだよね。(『吉村順三のディティールー住宅を矩計で考える』より)
表面的なことで取り繕っても、長い時間には耐えられずに、そのうちはがれ落ちてしまうのでしょう。西洋にあこがれて、あれこれ真似てみても、日本人は玄関で靴を脱いで家にあがりますし、畳をみたら無意識にゴロリとしたくなりますし、結局、日本人は日本人なのだと感じざる得ないのです。
もう、そういう時代に戻っていますよね。